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ラベル 映画「飛べ!ダコタ」 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2013/08/22

ヒトククリ

いよいよ公開される映画「飛べ!ダコタ」。

 携わって、かれこれ3年ちょっと経ちます。 
公開を目前に控えて、マスコミ・関係者からの問い合わせなども多く、何だか周りが騒がしくなってきているのを感じる今日この頃。 少し冷静になって、自分なりに総括しておきたいと思いました。

2013/06/28

飛べ!ダコタ 公開情報

個人の好き勝手書いてるブログですが、先日映画の公開情報が解禁になったので、紹介致します。


映画「飛べ!ダコタ」公式ホームページ
公式facebookページ

▼全国公開情報
10月5日(土)よりシネマスクエアとうきゅう、有楽町スバル座他、全国ロードショー!

「Walker Plus」http://news.walkerplus.com/article/39557/

2012/03/03

映画「飛べ!ダコタ」1期を終えて

いつも通り久々の更新。というか今年初になりました。

2月1日~13日にかけての撮影。
本当に多くの方々のご協力を得て、無事終了。

スタッフ・キャストを併せると70名を超える人たちと、地元のエキストラ、ボランティアを加えれば、2~300人が撮影現場で活躍し、協賛金・募金、小道具の提供・貸出など、ゆうに1000人を超える人たちの支えがありました。


この場を借りて、皆さんに心から感謝申し上げます。



地元出身でず~~~っと「飛べ!ダコタ」に関わってきて

・実話、その生き証人たちと、じいちゃん・ばあちゃんたちを誇りに行動した地元の若者たち。
・この映画をつくりたいという信念と情熱を持って突き進んできた監督はじめスタッフ。
・それに応えようと過酷な環境に挑み、役を演じ、地元と触れ合ってくれたキャスト。
・オーディションからエキストラまでこの「映画」づくりに参加してくれた皆さん。
・過酷な現場でダコタ組立からセット作りに協力してくれた地元企業のスタッフ、集落の皆さん。
・それを支援してきた支援実行委員会や市の関係者・担当者。
・お願いばかりにも関わらず快く協力してくれた小道具提供者、炊き出しボランティアの皆さん。
・いくら地元といえども、まさかそこまでと、雪掻きやセットの準備、郷土料理の提供など、圧倒的なご協力をいただいた集落の皆さん。
・無理なお願いにも対応してくれた地元企業の皆さん。
・遠方から駆けつけてくれて、あたたかく応援いただいているファンの皆さん。
・次回に回った撮影地地域の皆さん。
・この映画を製作しようと引き受けてくださった企業の代表者と社員の皆さん。
・個人的に心配や心遣い、応援をしてくれた友人・知人の仲間、家族・親戚・地元のみんな。

ホントにホントに多くの方々に支えられ、ご参加いただいて・・・
まさに一人一人言うことは出来ないので、よのもん、「ダコタのもんて」のお陰様で
この1期を乗り切ることができたと思っています。


第2期に向けて、徐々に動き出していきたいと思っておりますが、


1期を終えて思うことは、


この映画は、そしてその現場はとにかく面白い。


だから、どんどん参加してほしい、参加してなんぼ。


このお祭りに乗らなきゃ損損。

ということを声を大にして言いたいのです。


第2期に向けて、いろいろ行っていきますので、是非是非ご支援、ご協力、ご参加ください。
とにもかくにも御礼まで。

2011/12/13

地を行く

久しぶりの更新。

先日、突然のインタビューで映画「飛べ!ダコタ」、映画づくりは「当時に再帰するプロセス」というようなニュアンスのことを話した気がする。(ぶっつけ本番、ぽろっと出た言葉を紡ぐだけだったけど・・・)

で、最近つくづく感じていることは、75年以上飛んでる飛行機、65年前の出来事・・・もちろん自分が生まれるずっと前のモノやコト。

にも関わらず、そうしたモノやコトに触れれば触れるほど、当時から現代に至る道のりというものが、「歩み」から「走り」、「跳躍」していっているのを肌で感じる。

当時は身近に手に入るもの(あるもの)を、手作業と知恵、我慢や工夫から生み出し、利活用し、何度も再生させていた。ヒト、モノ、カネ、情報が基本的に「歩いていける範囲」「再生産される状況」にあった。

けれども、
「セナコジ」と「オイバコ」は、一輪車になり、リュックサックになり、軽トラックになり、パワーショベルやブルドーザーになり・・・

「井戸端会議」は、電話になり、携帯になり、メールになり、チャットになり、SNSになり・・・

「わらぞうり」は、ゴム靴になり、スニーカーになり・・・

「婚姻」はご近所から、遠方、国際化までし・・・

どんどん、おカネや、身近なとこからどこか遠くに行ってしまったり、消えてなくなるものになってしまったり・・・。


というようにありとあらゆることが、本当に変化「した」とも、「もたらされた」とも「獲得した」とも「ある意味で失った」とも言える感覚を味わう。


決して単純に当時に遡るということが、『便利』から『不便』に遡る。
ということでもなく、個人的には「宙に浮いた体を仮に着地させてみる」という感覚が腑に落ちる。
歴史はもちろん、人間関係も色々な「つながり」を感じ、体感し、こうやって、文字として「飛ばす」こともできる。

その「つながり」の中で、今回の映画づくりは、決して疑似体験でも、想像や追憶でもなく、「地を行く」ことを問うてくれる。

陸続きでない、佐渡。
その地を行くがごとく今、映画づくりが動く。

2011/10/27

地元・・・

最近、家に帰らない(帰れない?)という日がちょこちょこ。

で、今日こそは地元で!と気合いが入ってまして、そんなことお構いなしに電話やら、別件の話が飛び込んでくる。。。どうやら地元の普段のような の~んびり な感じは満喫できないなと腹をくくって、東奔西走・・・今日だけで、100km以上は車走った気がする。

で、目標としていたことの70%位を消化できましたが、残りの30%をどうしようか悩み中。時間が足らない。。。


さてさて、とはいえこの 地元 というのがホントに実感できた一日でした。以下たらたらと。

まず、母方のじいちゃんに、ちょっと教えて~と船着き場に行ったら、これはこうで、あぁで。そうしていると、知り合いのおっちゃんが、おぉ、ひろし、何やっとるぇ~?なんて声掛けてくれるもんだから、かくかくしかじか、そういえばあの話なんだけど、あぁでこうで、よろしくたのんます。といえば、「あいよ。」の返事。

次は、あっちいってこっち行って、昼飯食べに行けば、おぉそうだ、これ持って行って、「おお出来たか!」うんようやくね。んで、あの件さ~・・・。あれ?どこのねぇちゃん???ウチの姪で遊びん来とるんだえ。そりゃええ。嫁に来い。そうこうしてると、あれれ?さっきは電話ですんません、今日はどこ行ってきたのん?あっ、ごめん電話。。。んでさ~。。。

と流れる流れる。

これはどこらえ、どこらなぁ?分からんなぁ。ちょうどええとこに郵便屋さん来た。ここはどこらえ?ここはここらえ。おかあさん、俺どこそこの何々らけろも、ああ、あそこんちの子ね。おおきゅ~なったのぉ。うん、横にねぇ(笑)

ほんで、ここん家って誰ん家?空き家らえ。ほんと?ちょっと中見れる?うん、見れるよ~。
「おぉ~~~!すごいって。これ、ホントすごい!」連絡取れる???おぉ、あそこの家の誰誰に言えばえぇわえ。そうか、かあちゃんありがと~。

そして、はじめまして、どこそこのひろしです。おぉ、あのちいせぇ子の父ちゃんらか?いやいやオジです。そうかそうか。んで、あの家のことらけろも、おぉ、実家のことなぁ。えっ、実家なの?是非使わせて。ちょっとまっとれ・・・TEL・・・。えぇって。ホントに?ありがと~~~!

ってなことを10回位繰り返してるので、恐らく今日一日で100人には会ったと思う。

あのもん、今日どこいったさ?天気ええしなぁ、畑にでもいっとるんじゃねぇか?そうらなぁ。そりゃそうだ。

「見える」世界。「繋がっている」世界。「分かりあえる」世界。

どこそこの「staff」やっとるんだけも・・・。あののぅ、どこそこの「係」もんが来とってのぅ。こういうんだけも。。。「えぇ」ってさ。

そんな世界があちこちで日々繰り返されている世界。そこを駆け足で誰よりも多く感じられたんじゃないか?と想う幸せな一日。。。

ついつい、無駄話が長くなりました。

2011/10/15

やられろーしぇる

正直、最近かなり忙しい。
でも心を亡くすことにはならないのが、この一言があるからだと思う。

やらないでどうする。

自分が一番好きな地域の言葉。


身の回りには
口ばっかりで手足が動かない人がいる。
ネットでネチネチやってる人がいる。
保身のための政治活動に勤しむ人がいる。
お金がでないと動かない人がいる。
形式的なことばかり気にする人がいる。

それらみんなにバッサリ、んなことやっとる暇があれば、
やることやられろーしぇる!

頭で考えすぎる自分の性格からすると、一歩間違えば
上の人たちようにあっという間になってしまう。

そんな時はまず行動。

自ら動いてなんぼ。

やってみて、失敗したらそれもまたよし。


これは憶測に過ぎないが、当時の高千の人たちが
困ったイギリス人たちが無事帰れるよう、損得抜き
に行動できたのは、きっと「やられろーしぇる!」が
あったからに違いない。不満がもし出てきていたと
すれば、誰かが言ったに違いない。


僕らはきっと、この地域はもちろん、未来のために
突き動かされる琴線がどこかにそなわってるんだと
思う。

自らを、仲間を、
鼓舞し、ベクトルを一気にまとめてしまう魔法の言葉。

「やられろーしぇる!」

逆境や困難であればあるほど、沁みる。

前に向かって、自分の出来ることをやられろーしぇる!

2011/08/26

「海府やぼらバーガー」と「飛べ!ダコタ」の出会い

こんなことってあるんだなぁと驚くべき事件がありました。

夕方、仕事をしていると・・・
映画「飛べ!ダコタ」記者会見のテレビ、新聞記事を読んで、自分もまさにその当時、その場にいたこと、地元の話が映画化されることが「本当に嬉しい!」というお電話をいただきました。

嬉しさが電話越しに伝わってきて、こちらもとっても嬉しい気持ちになって色々お話していました。
ところであなたは・・・?と聞かれたので、どこそこ出身の誰誰ですと話した途端・・・

えっ!こないだ新潟で会った、あの子?
え~、あの時のおかあさん!?

という話で大盛り上がり。。。

昨年2月、たかち芸能祭のもんて(仲間)と、新潟へ「海府やぼらバーガー」というもんてで開発したフィッシュバーガーをワンデーシェフの店に出店したことがあり、その際に、来店いただいた高千出身の方だったんです。

(その時嬉しくて芸能祭のブログにも書いたのですが、まさにその方から! 記事はコチラ)

その後も色々当時のことを伺っていくと、そのおかあさんはこの映画に深く関わるすごい方だと分かっていき、二重、三重の驚き。。。

とても貴重で、ありがたいご縁です。
これから映画づくりでも何度かお会いすることになりそうです。。。



ちなみに「海府やぼらバーガー」は、たかち、佐渡で「ご当地グルメ」として
認知されてきたかなぁ???と感じているのですが、以下のような経緯で
現在に至っています。

・2010年9月 佐渡国うまいもん合戦に出場 見事グランプリ受賞[佐渡国うまいもん合戦]
・2011年2月 Made in 越後さん ワンデーシェフの店「田から屋」に出店[やぼら丼のひみつ]

・2011年3月 佐渡ご当時バーガーの収録 @相川やまきさん [ヒメちゃんのちゃらくらげぇ日記]

・2011年8月 夏の祭典たかち芸能祭にて1時間で完売
(今後、島内のイベントなどで出品予定)

そんなことで比嘉さんや窪田さんにも食べてみてもらいたいと思ってしまったのでした。

映画「飛べ!ダコタ」記者会見@佐渡島

比嘉愛未さんが初主演となる映画「飛べ!ダコタ」の記者会見が8/25、アミューズメント佐渡で行われました。

まずは安堵と、いよいよだなぁというワクワク感。

公式facebookページを立ち上げましたので、是非、皆さん「いいね」をお願いします!

[映画「飛べ!ダコタ」製作支援実行委員会 facebookページ]
http://www.facebook.com/dakota.shien

2011/08/22

失われていくものに光をあてる仕事

最近、映画化の件でじいちゃん、ばあちゃんと「当時」について話す機会が増えている。

僕のばあちゃんも、そのお兄さん(おじさん)、村のあの人やあの人も・・・「知っている」「経験した」事実も現状では、個々人のおぼろげな「記憶」として残っている。という程度。


それでも「65年前の事実」。


立場上、確かあの時は。。。という話が集まってくるので、頭の中で想像しながら、編集、再構築していく作業を進めていくと、いつの間にか当時を「知っている」「経験した」人以上に知識としての事実が浮かんできて、逆にこうだったんじゃない?と聞くと「そうだった、そうだった」となる。
いわゆる形式知化された結果とでもいうのだろうか。。。

おそらく映画化という発掘がなかったら、この事実は消えてなくなっていただろうと思う感覚は、10年以上向き合ってきた過疎という問題と同一線上にある。


映画化によって、「語り継ぐべき65年前の物語」へと変容していくだろうが、さらに65年後、この地域は残っているのだろうか。そんな不安との板挟みに遭う。

歴史や地域さえもが消費され、失われてしまう時代。。。
失われていくものに改めて光を当て、再生産し未来へ委ねること。

きっと、この地域だけでなく多くの地域で、「今」必要なことのように思う。

だからこそ未来で、あの時、そんなことがあったんだって。
と言われる可能性のある仕事、それが出来る幸せ。


失われていくものに光をあてる仕事。全国でもっともっと広がって欲しい。

2011/08/17

映画「飛べ!ダコタ」 主演は比嘉愛未さん!(新潟県佐渡島)

8/16付のスポニチ紙面及び、スポニチアネックス(WEB)などで公開されました。

▼スポニチアネックス
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/08/16/kiji/K20110816001420520.html

映画の舞台は、新潟県の佐渡島。
今から65年前にあった実話をもとにしてこの佐渡で撮影され、映画化される。

まさに、地元の話ということもあり、佐渡でこの映画づくりを応援するための実行委員会の事務局を仰せつかっております。

まずは、公開に漕ぎ着けたことを安堵とともに、これから頑張るぞ~と気合いが入る出来事でした。


終戦後、わずか5ヶ月後の出来事。
海岸に、英国軍の輸送機ダグラスDC-3(通称:ダコタ)という飛行機が不時着し、言葉もまともに通じない、つい先日まで敵国だった国の方々を暖かく迎え入れ、村人総出で手づくりの空港までつくって再び大空へ送り出した。

もしかしたら、戦後初の国際交流?といえるような交流があったことが、掘り起こされ、今回の映画化に至りました。

65年前の事実、飛行機の復活、無償のボランティア・・・は、今回の東日本大震災からの復旧、復興にもきっと相通じるものがあると思っています。

近日中に佐渡側の動きを皆さんにご紹介していきたいと思っておりますので、応援よろしくお願いいたします。