ページ

2018/01/07

不協和音な時代 田舎bit

本当に久しぶりすぎる投稿です。

閉鎖しても良いくらい。

誰も見てないからと思い、最近感じてること書きます。


2015/05/31

ベルギー旅行 (手配編)

久しぶりの更新です。
新婚旅行で初の海外となるベルギーに行ってきました。
そこで経験したこと、感じたこと、考えたこと綴っておきます。

安く海外旅行に行くテクニックや、ベルギー旅行で気をつけた方が良いこと
なども紹介したいと思っています。

まず今回は、出発10日前に旅行に行くことを決めるという、かなり無茶な
ことをしましたが、予算上限30万円で行先を考え

トラベルコちゃん旅工房AB-ROADなどの「格安サイト」で下調べした
のちH.I.S窓口で、「オランダ&ベルギーツアー」を丁度、30万円程度で
提案されました。

ちなみに日本旅行は、直前ということで門前払いでした・・・。

H,I,Sの提案でも、確かに安いと感じるし、いいんじゃない?と思うところなのかもしれません。
海外旅行は素人でも・・・世の中の仕組みを見つめることが好きな自分としては・・・

2014/01/13

しなしな、島を旅する


これが島での最後のお仕事になるかもしれない。
そんなことで、取り組んでもいたことの中から生まれたもの。

これまで極力、島の「観光」分野には手を出さないようにしてきましたが、佐渡観光における一つの試案・提案でもあり、それ以上に、地域活性化という側面で考えていたものです。
とある制作物をつくる中で、固まっていない企画を概念の整理、コピーライトなどを考案・企画していく中で浮かんできた「コンセプトデザイン」です。

佐渡・しな島トリップス
・佐渡島を
・しなしな(ゆっくり)
・味わういくつもの旅(地域)、タイムスリップ・じっくりドリップされたような島旅(地域)を味わう。
・そうしたら、島が地域が好きになる。
旅によって佐渡を好きになる、いずれはそんな佐渡に暮らしたいと思ってもらえたら…。

そんな想いから「デザイン」したものです。


Uターンしてからの4年は、いわゆる「観光産業」の門外漢ではありますが、確かに島の魅力・可能性を見いだしはじめた、発信してきた日々でした。

自分自身は、そんな島をもう少ししなしな、島を旅するように生きたかったと思いますが。
直面する現実・未来は、決してしなしなしていられない。そう思って自覚・認識・行動していただけですが…。

極力しなしなしているように働きかけて見せかけて…での最短コースを選んだ小旅行。
それが僕の佐渡という島旅だったのかもしれません。


(以下、個人的な佐渡観光に関する考えです。興味ある方は まっと読む からどうぞ。)

2013/11/23

関係性のメモリー 後尾公民館から


おんぼろ公民館が綺麗になってた。昭和30年頃の建物で、この度大幅リフォーム。
外観は親父デザインというか、指示だとか・・・。
とりあえず、褒めておきました。


近々、国分寺の報告会も兼ねて、完成披露パーティーを企画実施します。
(対象:後尾集落住民)

古い建物好きとしても、デザインする人としても
こういうのを観て思うのは、何を想ってつくり、どう使ってもらうのか。
多少なり想像します。


つくり手と使う人の関係において。
どんな関係性が幸せなんだろう?


昔、学術書の中にあった言葉で
『関係性のメモリー』というのがありました。
関係性の蓄積、ソーシャルキャピタルだったり、コモンズだったり…。

この3年半、約4年はどうだったのか。
片や未だに残ったウイルスのようなものに悩まされ、片や消去でもしたのか?!?!?
な関係性に、メモリーにパソコンのようにいかない苛立ちというか、不快感を感じる日々。
そこから抜け出せないでいる自身への、

でも、どこかで最適化、いわゆる精算が必要。

という声、言い聞かせが最近の常です。


半沢直樹のように

『倍返し、百倍返し!』

なんて、しちゃう。こともできるけど、でも、Enter 押せないでいることも・・・。

自身に失笑しながら、まったく持って、前に進めていない。


話戻って、公民館から・・・

2013/08/22

ヒトククリ

いよいよ公開される映画「飛べ!ダコタ」。

 携わって、かれこれ3年ちょっと経ちます。 
公開を目前に控えて、マスコミ・関係者からの問い合わせなども多く、何だか周りが騒がしくなってきているのを感じる今日この頃。 少し冷静になって、自分なりに総括しておきたいと思いました。

2013/06/28

飛べ!ダコタ 公開情報

個人の好き勝手書いてるブログですが、先日映画の公開情報が解禁になったので、紹介致します。


映画「飛べ!ダコタ」公式ホームページ
公式facebookページ

▼全国公開情報
10月5日(土)よりシネマスクエアとうきゅう、有楽町スバル座他、全国ロードショー!

「Walker Plus」http://news.walkerplus.com/article/39557/

2013/05/08

足を運ばせる届出主義の課題


今どき、提出書類の様式データを「フロッピーディスク」で渡されたオヤジ・・・。
データが見れないで大騒ぎ。。。

とりあえず助けを求めるままに聞いてあげると、外付けFDドライブ買ってきてくれ→売っていない→リサイクルショップにもなし。

で、旧式のパソコンが辛うじて残っていたので開いてみるとFDデータが壊れてて見れない。。。

結局、ちょっと進んだ自治体で、おんなじ様式をネットで拾ってきて「○○市」を佐渡市に置換してサクッと代理作成しました。。。


公的機関の「届出主義」。これ、とっても重大な課題だと思っています。


2013/04/25

過疎対策 -若者支援について・あるある話-

もし、これがガラッと変われば、あるいは体制が構築出来さえすれば過疎からの脱出という展望も描けてくる。

それが、『若者支援』。


過疎、限界集落・・・

この解消には、シンプルに言えば後に続く世代(若者)がいなければいけない。

『若者支援』が最も重要な地域が生き残っていくための カギ だと思っています。

そんな策を最終的に見い出せたらいいなぁと思っています。

今回は、現状認識というか、あるある話を

2013/04/06

会社・シゴトのイメージデザイン

を作って見ました。

そんなシゴトをしていきたいと思っています。




2013/04/01

佐渡高千・外海府ガイド


を作成しました。
高千・外海府自然活性化協議会発行です。
順次配布予定です。

高千・外海府88ヵ所巡りなど、どどーんと地域の魅力満載しました。

連動して、サイトも立ち上げていきます。

2013/02/23

評価

評価する、評価される。

おそらくほとんどの人が、好きであり、嫌いであるもので、かつ誰もが常に評価し、されながら暮らしていると思います。

身近な例に置き換えれば、オシャレをしたり、化粧したりするのは、良く評価されたいというごく日常的な行動で、そこから分かるように誰もが良く評価されたいという気持ちを大なり小なりもっていると思っています。facebookなどで、「いいね」を沢山欲しい。もらえたら嬉しいそう思いませんか?

まぁ当然、悪く評価されたいという人はいないと思いますが、少なからずそう思われないよう人は常に評価を「気にしながら」生きている存在なんだと思っています。


で、最近これが非常に難しいというか、まずいなぁと感じたりしています。


1対1で自分と相手の評価、1対多であれば集団や組織(内部評価)やもっと広い社会の中での評価(外部評価)で、それぞれが一致すれば何ら問題ないのですが、ここにズレがあった場合、大抵の人は「!?」と立ち止まってしまいます。

これらはよくあるパターンなので、触れませんが、SNS、特にfacebookなどの、これらの中間というか横断的なツールが生まれてきたもんですから非常にややこしいのです。良い意味でも悪い意味でも。

最初に評価については、良い悪い共に「囚われないこと」「気にし過ぎないこと」に尽きるのですが、ある傾向が浮かび上がって来て現実の実態を複雑化させているように感じています。

あくまで、自分のようなどこにも属し、属さないような輩から見た場合ですが、
1つの傾向は、集団・組織が多くは消極的な結束を強める(内と外を明確化しようとする=外に対しての排除が強まる。)=細胞の委縮。
もう1つの傾向は、そうではない者の独立・浮遊を促進する(内と外をボーダレス化する)=細胞の膨張・拡散・破裂。

そもそも人間は重層的なネットワークの中で生きていて、複数の集団・組織に所属し、それぞれの地位や役割を演じながら生活しているのですが、これがさらに実態から離れやすくなっていて、重層ではなくなりつつあると言っていいと思います。

となると、実際身に起きていることですが、集団・組織に属した者と、独立・浮遊した者との間に、埋めがたいズレが生まれたり、個人も組織も収縮したり・膨張したり流動化して、評価そのものがその場その時に流転して、実態にまで影響を及ぼしていく。

という状況で、限りなく後者に近いのですが・・・。何だかどう扱って(統合して)よいのやら?という評価が多いのです。。。

2013/02/07

五里霧中

目が醒めてしまい
眠れず

最近思うことを少しだけ書き留めておこうと思う。

まずは、3年間ずっと関わってきた映画「飛べ!ダコタ」第2期の撮影が無事終了しました。
本当に多くの方々に感謝です。もうまもなくで自分の役目も終わります。

今回ばかしは正直、燃え尽きそうです。


前を向くために振り返ると本当に沢山のことがあります。
過去形でも、現在進行形でも・・・

本当に本当にいろんなことがありました。いろんな人がいました。

見える人には見える
見えない人には見えない
見ようとしない人には誤って見える

そんなことを観てきました。


信じる人は楽しむことが出来
信じ続ける人は達成することが出来
信じない人は結果だけに反応するしか出来ない

楽しむ姿を見つめながら、後出しジャンケンやら冷ややかな反応、言われなきことも十二分味わいました。達成しようする意志や、その強さや目的・目標の次元、そんなことに隙間を感じていました。


全てを話せば楽になれるのかもしれない。
でも、そんな必要はない・・・とは言い切れない状況や、居ぬ間に色々起こっている状況に今の五里霧中な心境があって、心穏やかではない。

昨日まで穏やかだった海もまた今日から荒れるらしい。
なんだか、佐渡の海と波長がシンクロしてしまうようです。

2012/10/23

動画で『豆まき』比較

佐渡中に伝播し、各地で継承・発展している郷土芸能の『鬼太鼓』の一つと言われる「豆まき」。

友達がfacebookで動画をアップしてたので、自分の見たことのある隣集落の北川内や大倉と比べて色々と感じたのでした。

そんなこんなで見比べ用に見つけた動画を以下、アップしておきました。

佐渡の鬼太鼓については以下参照。
http://www.yume-sado.com/pg62.html


相川まつり


西野金北山神社例祭

田中町例祭

東野小平まつり


戸地まつり


個人的には、北川内が独自に発展していったように感じます。動画はないのですが、
太鼓は、東野小平、構成は戸地まつりに近いです。



ちなみに僕の集落の「鬼太鼓」は、佐渡で唯一天狗が舞うのですが、
「ツバキ」と呼ばれる舞があります。両津の椿集落から習ってきたとのことですが、
本家を未だ見たことがない(本家は一度途絶えたそうで今のは昔と異なるとか?)
潟上型などと言われるのですが、今の所佐渡島内の他の太鼓、舞を見ても似ていると思わないのです。。。どこか似てるところありませんか?

後尾鬼太鼓

2012/09/08

「¥」でなく「縁」だったら・・・

「限界集落」をテーマにした、ある学生さんのフィールドワークのお手伝いで、大先輩を紹介。
一緒にお話を伺っていたところ。

昔は、暮らすことにお金が必要でなかった。けれども、テレビや車、洗濯機・・・モノが必要になって、おカネが必要になっていくと、ムラでは生活していけなくなった。

当時は、「結」や「頼母子」「隣組」が機能していて貨幣経済でなく物々交換や「縁」を基軸とした繋がりだった。

ずっとそのことが頭に残っていて、楽しい飲み会の席で話の中でポッと沸いてきたことが、島のお金を「¥」じゃなくしちゃったらいいじゃん。と突拍子のないことを言っちゃったのですが、これをひとひねりすると、

「¥」を「縁」(という名前はなんでもいいのですが地域通貨)に換金して、島の商品(モノ・コト・サービス)はもちろん、島で縁を見つけた時、感じた時にこれを使ってあげてください。

という風にすると、実は、佐渡の持っている、地域やムラの持っていること、例えば、地域のお祭りを見るだけで、そこには「¥」では買うことのできない、縁があるわけです。「¥」で換算できない価値を「縁」で補完する。

これが、発展していくと、ムラ人から見たら、観光客=ヨソ者は「縁」を運んでくれる人。
煙たがるでもなく、もともと「カネ=¥」に対して苦手なムラ人たち、縁を面倒くさいと感じてしまう現代人たちでも、「¥」でなく「縁」であったら、受け取りやすい・使いたくなりませんか?行動したくなりませんか?

「¥」を持ってる人が本当の豊かなのではなく、沢山「縁」を持つ人が豊かとなったら、世界はどれだけ変わるだろう?

貨幣では換算されないモノ・コト・関係を見つめ直す。そうしたものを「いいね!」すると言ってもいいかもしれません。

そこには自動販売機で1本\120のジュースを買うことより、水滴を手ぬぐいでふき取って渡してくれるお店の店主の所作に、「ありがとう」と言ってくれるその言葉に、行き渡っていくと思うのです。

島ならではの、関係性や縁を守っていくにも、一度「¥」をやめてもいいのかもしれない。
法律が駄目であるならば、別の国であってもいいのかもしれない。
強いか弱いかの「通貨」でなく、温かいか冷たいかの「通貨」。

そんな「幸せ」が交換される世界。
最近、「地域通過」という言葉から大分遠のいていたのですが、最近、真剣にそういうことを考えたくもなったのです。

2012/06/22

過疎、限界集落の処方箋


長い間向き合ってきて、特効薬がないのが、「過疎」「限界集落」の解決。

最近、自分なりに思うのは

一に雇用、二に再編、三に雇用の拡大、四に「地区」の維持

という流れ。


とにもかくにも、その集落・地区に暮らす、特に「若者」を増やすこと。

が至上命題だと思う。


単独集落では様々な機能、運営が維持困難になっていて、既に集落自治が崩壊・形骸化している。遅かれ早かれ、「過疎」「限界集落」はその道を辿る。

それに対するには、地域で暮らす(働く、住む)次世代、その家族が途絶えれば、当然「消滅」せざるを得ない。

「集落を維持」することを目的にしても同様のことが実は言えるのだけれども、「集落を維持」することは無意味でもある。生活習慣、文化、働き方、家族の在り方も変化している、にもかかわらず、集落は成員や役職、慣習が基本、固定化していて、「これまで」通りにはいかなくなっているのが「現実」。集落をこのまま維持することは非現実的だと思っている。

そもそも生計が単独集落内で賄えるという時代でもなく、多くは集落外に勤めに出て、利便性を考えると、勤め先(マチ)へ転出。というケースがどれほど多いことか。。。

であれば、とにもかくにも、集落<地区で若者を雇用できる体制の構築がまずは必要だと思う。
単独集落ではなく「地区」であれば、複数集落を見渡して、その規模の中で一人、二人の雇用を確保することも比較的可能になってくる。

この「地区」を維持発展させるための仕事で、若者を地区・地域が雇用する。ことで、流れが徐々に大きく変わると信じている。これが今現在の持論。

2012/06/19

ツバメ

「ツバメの夫婦がね、言ってることが分かるんだよ。」

「ねぇ、ここ良いんじゃない?」

「うん、ここ良いね!」
「そんな夫婦のやり取りが楽しくてしょうがない。」

場所が決まると、二人でせっせと、巣をつくり
やがて卵を産んで温める。

「子どもが卵から還ると二人でせっせと餌を運び、飛び方を教え・・・」
「その光景を見るたびに、妻とまた、この季節がやってきたね。」

と話すという。

ツバメの夫婦のように生きたい、それを眺めて会話する夫婦を、自分も築きたいなぁと
つくづく思うのでした。

備中鍬

「祖父に対する感謝は、1本の備中鍬だった・・・私にこの備中鍬を遺してくれたのだ。
それが何よりも幸せだと思った。。。」

と淡々と語ってくれたAさん。

人生の大先輩である。


立派な庭を案内してくれて、この庭も庭師に頼むことなく、自力でつくったとのこと。
庭でお気に入りの場所に座らせてくれた。

そこは、30年掛かって作りあげた世界(庭)が一望できるとっておきの場所だった。
やった人間にしか分からない。

その苦労や、思いがその風景から目の当たりに出来た。

その土地、家に暮らす。

そして、次に繋げる。

そのために生き、死ぬことが本望。


備中鍬を継承すること。

それがどれだけ大変か、それがどれだけ尊いことか。
それを学んだ一日だった。

2012/05/15

出稼ぎの村

半農半漁の村、村は貧しく男たちは、大工、左官など、職人として出稼ぎに。
この村には、大工、左官の家が50軒もあったという。職人は「海府大工」と呼ばれ、
その技術や仕事ぶりは評価が高かった。

しかし、その職人も、出稼ぎも、ことごとく時代の波に押し流される。
集団就職での転出、サラリーマンに代わり・・・
便利の良い街場へと若者たちを送り出す。

人口は最盛期の3分の1まで減った。
限界集落化が加速している。

しかし、この暮らしぶり、人、環境・・・が美しい。

にも関わらず、暮らすことが出来ないことは、罪ではないか?

「ここで暮らす」ために

大きなイノベーションに取り組む。

そのヒントは、それを壊した側にあるというのも事実。

人間の「生きる」環境の最適化、最上化を今だからこそ見つめる時がきているように思う。

2012/05/05

月光


スーパームーン。

月が眩しく感じる。

太陽と月。

今までずっと暗がりの中で歩む道を選んできたように思う。

耳を澄ませば・・・蛙の大合唱。